ダウンタウンで活躍する版画家ローラ・スミスにインタビュー


「DACハワイアート通信」は、ホノルルのダウンタウン・チャイナタウン地区でアートやカルチャーを楽しめる施設の情報や、ハワイで第一線で活躍する現代アート作家ならびに作品を紹介する、DACの日本語ブログです。日本のみなさんに、最新のハワイの現代アート情報をお届けします。

本日紹介するのは、ホノルルで版画家として活躍するローラ・スミス(Laura Smith)さん。ハワイで長く活動し、2013年以降ダウンタウンにアトリエを構える彼女の制作の一端を覗かせてもらいました。

ローラさんのアトリエがあるのは、ダウンタウンにある旧ブレイズデールホテルの中。
待ち合わせをした建物前で、明るい髪を短く切った背筋がシュッと伸びた女性が私を迎えてくれました。そのままホノルルで唯一残る手動式の古いエレベーターに乗り込み3階へ。この階にある以前は客室として使われていた場所が彼女の制作活動の拠点となっています。

旧ブレイズデールホテルといえば地元では幽霊話で有名な建物なのですが、外の光が差し込むアトリエ内は明るく、ローラさんの人柄や版画に通じるポップなのに洗練された雰囲気で満ちていました。

プールで泳ぐスイマーの伸びやかな体躯。太陽の光が反射するプールの青いタイル。50年代の女性が来ていたようなおしゃれなドレスの数々。今は建設当時の機能を失ってしまった古い建物たち。

バージニア州生まれのローラさんがホノルルに移住したのは1977年。前年まで夫の仕事の関係で韓国にいたローラさん夫婦でしたが、アメリアへ戻ることとなり、東洋と西洋の文化が混じりある中間として選んだのがハワイだったそう。その後、ハワイ大学で版画の修士号を取得して、ホノルルで活躍してきました。

ローラさんの版画には、同じテーマのモチーフが繰り返し登場します。そしてそれらに共通しているのが、モチーフの対象となったモノの「気配」。対象の形や色だけではなく記憶や時間の断片までもが写し取られているようです。まずはモチーフについて聞いてみましょう。

私にとってプールは「世界のメタファー」

Q:ローラさんの版画にはスイマーやプールがたくさん出てきますが、どのような意味があるのでしょうか?

ローラ・スミス:初めは深く考えずにスイマーの体や動きをとらえた作品を作っていたのですが、そのうちにプール自体に興味を持つようになりました。私にとってプールとは「世界のメタファー」なんです。プールで泳ぐ人たちというのは、まずは浅い場所から泳ぎ始めますよね?そして徐々に深い方へと移動していく。それが私たちの人生と同じだなと。深いところにいってしまうと沈んでしまうかもしれないというリスクがありますが、それを乗り越えるとものすごい達成感が生まれます。もちろん浅いところに留まってもいいけれど、それだとただ楽しいだけで、まるで深みがありません。そして、スイマーというのは決められた長さのプールを何度もリピート(繰り返し)します。版画の制作も繰り返しが多い作業なので、その点が共通しているなと思っています。

Q:ローラさんの作品の中のプールが「世界」や「人生」そして「版画」のメタファーというのは面白い視点ですね。いつそれを思いついたのですか?

ローラ・スミス:作家として活動を始めて、ブルー(青色)の研究をしていた時です。プールの水は実際は透明なのに、多くの人はプールの水は青いと認識していますよね?それがプールについて考えはじめたのがきっかけです。
またプールのタイルのグリッドも好きですね。水の中で見るグリッドはゆらぎや滲みがあったり、拡大されて見えたりします。かっちりとした形のものが、水によって形を変える。そこから想像力を使ってイメージを膨らませていきました。

Q:他にはどんなモチーフが好きですか?

ローラ・スミス:洋服や水着のモチーフも好きですね。例えばこの作品(下の写真)は、86着もの水着を並べた小さな本なのですが、所属している版画組合の「ホノルルプリントメーカーズ」の86周年記念展覧会のために制作しました。その展覧会では「86」をテーマにした作品を作ることが決められいたのです。水の模様が入ったアジア製の紙に水着をプリントし、その上からシュラックを塗って半透明に仕上げ、蛇腹に折りただんた頁の両側から水着を見ることができるように作ってみました。

版画は1枚の版でいくつもの作品を生み出すことができる

Q:ローラさんにとって版画のおもしろさとは何なのでしょうか?

ローラ・スミス:まず1点目は、1枚の版で複数の作品が作れる点です。替えの効かない絵画作品とは違い、気軽に売ったり、誰かに差し上げたりできるのがいいですね。
そして2点目は、版木の配置を変えたり、いろいろなフォーマットでプリントできる点です。例えばこの作品(下の写真)は、1980年代にYWCAの水泳大会に出場したモロカイ島の女子高校生の肖像画で、元々は小さな本のプロジェクトのためのものでした。でも保管してあった版木を使うことで、今また新しい作品を手掛けてることができています。

Q:ローラさんが使う版画の手法はどんなものですか?

ローラ・スミス:私が一番好きな手法は木版 (ウッドカット)です。これまで色々な手法を試しましたが、いちばん好きだったのが木版でした。木の板を彫るのも好きですし、版に色をインクをつけてプリントする工程も大好きです。アトリエにプレス機があるので、それでほとんどの作品を刷っています。
木版と他の手法と組み合わせることもあります。例えばドローイングと組み合わせることもありますし、感光剤を紙に塗ったものにフィルムを重ねて、太陽の下で11分間露出する手法を使うこともあります。これは昔、建築で大きな設計図を印刷していたブループリントの手法とほぼ同じものですね。

Q:ローラさんの作品には本の形態になっているものも多いですね。

ローラ・スミス:私は本やアーティストブックが大好きなんです。この作品(下の写真)は、友人と一緒に手がけたものなのですが、これはアトリエがあるこの建物(旧ブレイズデールホテル)がモチーフになっています。これはフィルムポジを使った版画でインターネットで見つけた写真を元にしました。この建物は幽霊が出るということで知られており、怖がる人もたくさんいますが、実はとても美しい歴史のある建物なのですよ。いつかは壊されて再開発されてしまかもしれませんが、昔の画期があった姿、そして今ある姿をこの本に留めました。

Q:ローラさんの手作りノートブックもとても人気がありますね。

ローラ・スミス:失敗してしまった版画や傷がついてしまった版画も全部保管していて、それらを薄めの紙と組み合わせたノートブックを作っています。カバーのそでまできちんと作っているのが私のノートブックの特徴です。同じものは2つとないので、ちょっとスペシャルなノートブックですね。お土産や旅行に出かけた時のジャーナルとして使うのにもぴったりですよ。

Q:ローラさんの作品はどこで買えますか?

モダンなモチーフとカラフルな色彩が楽しいローラさんの作品は、DACショップや、同じくダウンタウンにあるホノルルプリントメーカーズの店舗兼ワークショップで購入できます。版画作品なのでお値段もお手頃なのが嬉しい!版画作品の一部分などを再利用したハンドメイドのノートブックはプレゼントやお土産にもぴったりです。ぜひお気に入りの一枚を見つけてください。

 【プロフィール】
ローラ・スミス (Laura Smith)
1969年ペンシルバニア州ウィルソンカレッジで美術史学士号取得、1987年ハワイ大学大学院修士課程修了(版画)。1987年ホノルル・プリントメーキング・ワークショップを共同設立。1990年-2013年ホノルル・プリントメーカーズ代表。展覧会、受賞ともに多数。ホノルル美術館やハワイ州文化芸術財団に作品が収蔵されている。
lauraberetania@gmail.com


開催中の個展の案内

最後に、現在カネオヘのハワイパシフィック大学で開催中のローラさんの個展を紹介します。都会の樹々をテーマにした版画作品が並ぶ会場は大きくはありませんが、ローラさんの対象物に対する鋭い感性と眼差しを感じさせる作品を鑑賞することができます。

【アーティストの言葉】
”今回の展覧会は、樹木が私たちの生活にいかに大きく関わり影響を与えているかを視覚的に考える機会を与えてくれました。中でも私が特に関心を持ったのが都会の木々です。今回の作品は、ホノルル市役所の敷地にあるモンキーポッドのドローイングを基にしています。モンキーポッドは、湾曲した幹と蛇行した枝で大きな樹冠(キャノピー)を広げる木で、人々に大きな木陰を提供するため、ホノルルの都会生活を快適なものにしてくれます。
モンキーポッドの木の形をした大型木版画は、まずカーボングレーのインクで木の形を平らに描き、葉の緑色の層を何層にも重ねることで、木のイメージを完成させました。そしていくつも並べて展示することで、ギャラリー全体を森のようなイメージにしました。
このカーボンツリーの森は、二酸化炭素の削減、再生、日陰、修復、回復力、再生などといった木のさまざまな役割や、都市の環境を冷却し、夏の熱波を軽減する葉の役割を私たちに思い出させてくれます。これらの版画は、説明や教示ではなく、私たちが樹木をどのように見ているかをもう一度考えるきっかけをくれるものです。”

【展覧会詳細】
Urban Canopy: Looking at Trees by Laura Smith

開催期間:2022年10月9日(日)〜11月18日(金)、日〜土 8:00m-5:00pm
開催場所:ハワイパシフィック大学ギャラリー(カネオヘ)
     45-045 Kamehameha Highway, Kaneohe, HI 96844

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